菌えい(Phytocecidia)

 菌えいの形成はほとんどの植物にみられ、形成される部位も、茎、葉、根、花などのすべての器官におよび、特に双子葉植物の葉や茎に多い。菌えいには多くの種類があるが、菌えいを形成する病原微生物の違いによる変化は少なく、局部の隆起や枝の叢生などの限られた組織形態の異常を示すにすぎない。色の変化も少なく、虫えいのような色や形の変化の多様性は乏しい。
 マメ科植物の根粒のような特殊な場合をのぞけば、菌えいの形成は多くの植物にとって有害なものであるが、病勢の進行はきわめて穏やかで、短期間に組織が枯死することはない。多くの菌えを形成しない一般的な病害では、病原菌は寄主細胞に直接侵入して養分を摂取するために、寄主細胞は短期間で死んでしまう。菌えいが形成されるためには寄主細胞が生きていて、病原菌の刺激によって分裂と増生を続けなければならず、多くの場合、病原菌は細胞間層などに存在し、寄主細胞と共存関係にある。
 組織形態的に二つに大別され、特定の器官が異常を起すものは類器官えい、植物の一部が肥大したり増生するものは類組織えいと呼ばれる。虫えいでは組織の分化や増生には一定の限界があるが、菌えいでは無制限につづくことが多く、巨大なこぶが形成されたり、奇怪な形状になることもある。

[こぶ状の菌えい]
 こぶ状の菌えいは、枝や根の局部が単に隆起したものが多く、菌えいの種類による違いは少ないが、種類によっては特徴的な外観を呈することもある。
 根にこぶが形成される菌えいには細菌によるものが多く、普遍的なものとしてマメ科植物の根粒がある。根粒菌と呼ばれるRhizobium属の細菌の寄生によって形成されるもので、窒素固定作用により、寄主植物に利益をもたらすことが知られているが、菌えいの中でも病害の範ちゅうに入らない数少ない例である。根頭癌腫病の他、糸状菌による根こぶ病などがある。
 枝にこぶを作る病原菌は、根の場合にくらべて多く、大部分は糸状菌によって単純な肥大性のこぶが形成される。一般にこぶ病と呼ばれるもので組織えいに属し、枝や幹にこぶ状の隆起が形成され、年々肥大生長して大きなこぶになる。こぶの表面は粗造りとなり、内部の材部は軟らかい。

[肥厚や奇形する菌えい]
 もち病と呼ばれる葉の肥厚は、Exobasidium属菌によって葉に形成される一般的な菌えいで、ツバキ、サザンカ、ツツジなどに多くみられる。柔組織細胞の単純な肥大と細胞間層や細胞壁の拡大によって葉が肥厚する。大部分のもち病では、葉の裏側が球形ないし半球形に肥厚し、葉の表側に反り返るように生長する。葉緑素の生成が阻害され、菌えいや周囲が白化することが多い。ときに表面が赤ないし紫色に変色することがある。他に葉や新梢の局部肥大や奇形をもたらす葉ぶくれ病や各種かび病などが、菌えいを形成する。

[叢生する菌えい]
 てんぐ巣病と呼ばれる菌えいは、多数の小枝を密生し、同じ菌えいでもこぶ病やもち病と異なった鳥の巣状の特徴的な外観をしている。てんぐ巣病は、はじめ枝の一部が隆起し、この部分から多数の枝梢が叢生してほうき状になる。細菌によって菌えいが形成される寄主植物は、マツ科、カバノキ科、ブナ科、バラ科、ツツジ科、イネ科などの木本に多い。
 他にマイコプラズマによるてんぐ巣病があり、マメ科、フウロウソウ科、セリ科、リンドウ科、キク科などの草本に多い。マイコプラズマは全身に感染するので、球根や塊茎、挿し木などによる栄養繁殖では、親のてんぐ巣病植物から次世代の新しい植物へと伝播される。